読書法あれこれと、私の付箋読書法+散歩しながら読書法

読書法あれこれと、私の付箋読書法+散歩しながら読書法

目次


年末から読書に目覚めたワタシ

 最近、Youtubeで、文芸評論家の三宅香帆さんの動画(TBS CROSS DIG with BloombergさんのPage Turners)をたまたま見ました。

 めっちゃ楽しそうな様子を見て、ふつふつと読書したい気持ちになって来まして、ちょうど読むことが必要だった本を基点として読書しはじめたら、次々と読書し始めて読書が習慣化してきました。

 その三宅香帆さんの著書である「なぜ働いていると本が読めなくなるのか (集英社新書)」という本のタイトルのまま、大学を卒業してから必要な本は都度都度で読んでいたものの、自ら読みたくて本を読むことがほぼ無くなっていたので、こういうふうに単に読書をしたくて読書をするのは、久々でした。

なぜ働いていると本が読めなくなるのか (集英社新書)

著者/メーカー(ブランド): 三宅 香帆(著)

 本を読まないのに、本は買ってて積読していたので、積読本がたくさんあり、読むものには事欠きません。にもかかわらず、三宅香帆さんが紹介する本が読みたくてしょうがなくなって、さらに積ん読が増えるという困った症状になったりしています。

 年末年始は休みだったので時間があり、読書時間を確保出来ていたのですが、年が明けて仕事が始まり、なかなか読書できなくなりそうだったので、読書時間をどう確保するか、また読書しても読むだけで何も頭に残らないと意味がないので、どうやってその本の内容を頭にインストール・行動に反映するのかについて、自分なりの方法論をまとめておきたいな*と思って記事を書いています。

 

読書の有用性

 世の中にはいろいろな読書法があります。読書は、数百円〜数千円で、偉人の経験や研究者の研究成果を追体験したり学習できたりする投資効果が高いもので、様々な人が様々な形で、読書の有用性を語っています。

 脳科学的な見地からも、読書は脳を全体的に使い、鍛え、しかもリラックスさせる効果があるようです。いわば現実から隔絶された本の世界に頭のなかで想像を掻き立てながらその世界に入り込む状態になるので、現実からも意識を乖離させることができ、ストレス解消にもなるようです。

 そういう側面からすれば、人には、睡眠も運動も食事も必要ですが、疲れた現代人には、ユン○ルではなく読書が必要なのではないかとすら思います(ユンケ○は悪くないです。ユ○ケル飲んで読書すればいいと思います)。

 ストレス解消の面では、Kindleやスマホでの電子書籍ではなく、紙の書籍が良いという話もあるようです。手触りや指でページをめくる感触が大事なのかなと感じてはいます。

 

読書法の三側面

 そんな読書ですが、いろいろな側面から読書法が語られることがあり、そのうちの下記の側面について、それぞれ思うことや実践していることを書いていければと思っています。  なお、小説や漫画、趣味の雑誌などはここでは除きます。

  1. 琴線に売れた部分をどう記録するか
  2. いつ読むか
  3. 読み終わった後、それをどう自分にインストールするか

 

1. 琴線に売れた部分をどう記録するか

 人によっては、三色ボールペンで線を引きながらとか、端を折る(ドッグイヤー)とか、メモしながらとか、ノートを取りながらなど、いろいろな方法があります。

 この側面については、本を汚したくないか・兵器という観点と、何回か読み直したときに琴線に触れる場所が違うという観点と、本を読んだあとでどんな利用法をするのかという観点から選ぶことになるかなと思います。

 私はこれらの観点から、付箋を貼るという方法をとっています。

 購入した本とはいえ、汚したくないという点から、本に直接書き込むのは苦手です(ただし、資格試験の勉強などの場合は、そのテキストだけを何度も集中して読んだり、参照したりするため、バンバン書き込みます)。

 また、端を折る(ドッグイヤー)は、何回か読み直したときに、琴線に触れる場所が変わったとき、折り目を消すことが出来ないので、紛らわしくなります。「1回目はちょっと折る、2回目は返して折る」とか何かルールを決めてもいいのですが、どうにも性に合わなかったです。また、どのページかは分かるのですが、そのページのどの部分だったのか、1カ所なのか複数箇所なのかも分かりづらいです。さらもさらに、ドッグイヤーしたページをめくって、そのめくった先のページでもドッグイヤーしたいときにも、ちょっと困ります。

 メモやノートを取りながら読むのは、自分によってすごく良い本であれば苦ではないのですが、読むのがだんだんつらくなってくるし、リズムも悪くなりますし、またメモ帳やノートが手元にないと読めないということになるので、スキマ時間や、電車に乗って立ってるときなどは読むのが難しく、本を読まなくなりそうでした。(スマホでメモを取る、でも同じです。つり革で片手が埋まっており、本を読みながらメモをとれません)

 これらの点から付箋を貼るのが一番自分には良いという結論に達しています。

付箋を貼ることによるメリット

付箋を貼ることによるメリットは、いくつかあります。

  1. 付箋の量でどのくらい自分にとって良い本だったかが分かる
  2. 付箋を剥がせば、良い状態で譲ったり売ったりできる
  3. 付箋の色分けなどで意味分け出来る
  4. 付箋の位置がわかりやすいので、琴線に触れた部分だけを再読しやすい

 とくに、1と4が重要だと思っています。

 1については、読み終わった後、付箋の数で今の自分にとってその本がどのくらい重要だったのかが一目瞭然です。1枚でも貼ってあれば儲けものと思っていますが、数枚、あるいは数十枚あるのは相当今の自分にとって重要だと分かります。それによって、その本をどう再読するか、どのくらい気合いを入れて活用していくべきかが分かりす。

 4については、私の場合、本を一度読んだ後、その本の感想を読書メーターに投稿するようにしているのですが、1度読み終わったあと、付箋を貼ったところだけ再度読み返して思い出しつつ、感想を考えたり、まとめたりします。付箋があるおかげで、この作業は数分~十数分で終わらせることが出来ます。

 さらに、詳細は後述しますが、その本の知見を自分にインストールしたり、行動に反映させようというときに、付箋があると便利で、素早く出来ます。

付箋をどういう部分に貼るか

 基本、今の自分の琴線に触れた部分ですが、後で参照したい部分、自分の行動に反映したい部分にも付箋を貼るようにしています。

 私はあまり色は気にせずにパンパン付箋を貼っていきます。人によっては色分けして意味分けをした方が、再利用しやすいみたいな場合もあるかと思います。

 色は1色にしておいて、次に再読する時には色を変えて貼るようにすると、1回目と2回目で琴線に触れる場所が異なることが分かって面白い、みたいな楽しみかたもアリかなと思います。

付箋は何がよいか

 付箋の素材ですが、紙でなく、フイルム的なウレタン?のような素材のものが良いように思います。そちらの方が薄くできていて、いっぱい貼っても本の嵩が増しません。あとそっちの方が透明なので、文字の上に貼っても透けて文字が読めます

 ダイソーのいっぱいあって、薄くて、しおりにもなるやつを以前は愛用していました。

 しかし、ココフセンという付箋をみつけてからは、ちょっとお高いものの、めっきりこちらばかり利用しています。角が丸くてかわいいし、1枚1枚取り出しやすいし、クリップで本に付けられるのが便利です。

 検証してないのですが、時間が経つと、付箋部分の糊によっては変色する可能性があるのでご注意ください。それが嫌という場合には、付箋を貼るやり方は向いてないかもしれません。

 

2. いつ読むか

 いつ読むかについては、人それぞれかなと思うところです。代表的なのは通勤時間かもしれませんが、私は現在フルリモートで仕事出来ているので、通勤時間はたまにしかありません。

 お風呂の時間に読むとか、トイレの時間に読むとか、隙間時間に息抜きとして読むなどもしているのですが、それ以上に私の読書時間を支えているのは、あまり車が通らない道での散歩しながら読書です。二宮金次郎スタイルです。

 危ない可能性があるので、あくまで自己責任になりますが、歩きながらの読書が良いなと思う点は、以下のような点です。

  1. 散歩と同時に出来るので、運動になる
  2. 歩きながらの方が血流も良く、思考が捗るので、より読書体験が良くなる
  3. つまらない本でも眠くならないので早く読める

 オーディオブックという手もありますし、公園の中を歩くという手もありますので、興味がわいたら試してみて欲しいなと思う次第です。

 私は、必ず1日7000歩以上歩くと決めているため(参照: 1日7000歩のウォーキングが糖尿病・がん・認知症などのリスクを大幅減少 完璧じゃなくて良い理由 | ニュース | 糖尿病ネットワーク)、30分以上歩くことになります。

 この時間を読書に充てることで、毎日必ず1回は読書時間が確保できるので、習慣として続けられています。

 

3. 読み終わった後、それをどう自分にインストールするか

 読書して「面白かったー」でも良いと思います。ただ、私としては、それだけだともったいないので、どうにか自分の中にインストールしたり、自分の行動を変えるようにしたいなと思っています。

 上述の通り、付箋を貼っているのですが、とりあえず1度読み終わったら、もう一度付箋を貼ったところだけを再読して、記憶を整理します。自分の琴線に触れた部分だけ記憶をより鮮明にするためです。

 その後、そこまで付箋が多くない場合(概ね10枚以下)なら、重要と思う3点に絞って、読書メモに記載します。読書メモは手帳に入っており、折に触れて見返すようにルーティン化しています。

 付箋が多く、また再読する可能性がありそうだなという場合、上記のように3点だけまとめて、再読しやすいところに置いておくか、もしくは要約ノートを作ります。これも手帳にいれており、折に触れて見返しています。…手帳が太くなるわけです。

 

読書で思い浮かぶのは、アニメ「PSYCHO-PASS」

 読書について考えるとき、いつも思い浮かぶのは、アニメ「PSYCHO-PASS」の槙島聖護というキャラクターの台詞です。

本はね、ただ文字を読むんじゃない。自分の感覚を調整するためのツールでもある。調子の悪い時に本の内容が頭に入ってこないことがある。そういう時は、「何が読書の邪魔をしているか」考える。調子が悪い時でもスラスラと内容が入ってくる本もある。「何故そうなのか」考える。精神的な調律、チューニングみたいなものかな。調律する際大事なのは、紙に指で触れている感覚や、本をペラペラめくった時、瞬間的に脳の神経を刺激するものだ。

- PSYCHO-PASS SEASON 1 #15 「硫黄降る街」

 槙島聖護自体が、とても印象深いキャラクターで、印象深い台詞も多いですが、この台詞もすごい印象的です。こんなに知的な台詞を言うスラリとしたイケメン・イケボキャラクターなのに、本来の意味での「サイコパス」なキャラクターというぶっ飛び具合が良い感じのキャラクターです。

 槙島聖護やアニメ「PSYCHO-PASS」はともかく(面白いのでおすすめです)、この台詞は真実を述べていると思っています。読書によって自分の状態を確認するという考え方は時に有効に思います。上述したように、読書はリラックス効果やストレス解消にもなり、さらには自分の精神状態も分かるツールにもなるのです。

 本を読みながら、全然違うところに思考が飛んでしまうことがありますが、それはそれでそちらの考えにそのまま没入していって、思考を巡らすのも必要なことなのかもしれないと考えたりします。読書に集中できないそれは自分にとって大切だったり、胸につかえているのかなと考えたりします。

 これもまた違う読書体験の1つかなと思う次第です。

 

終わりに

いろいろ述べてきましたが、あくまで私の読書についての思いでした。今年はもっと読書するぞ、と思っています。